ケロケロケロとクルクル廻る雨蛙

先日、競艇場の電飾看板の写真なども紹介させていただいた訳ですが、その夜にちょうど『探検バクモン』でボートレース(私の中では未だに競艇ですが・・・)のことが取り上げられていました。水上で戦う女神たち、ということで女性ボートレーサーの方々を紹介していましたが、サッカーのみならず女性の活躍する場がますます増えて来つつあるのだなと思いました。
不思議なもので昨日も電車の中で、住之江競艇でしょうか、そちらの方へ行くようなお話しをしているのを偶々耳に入ったりもしました。
矢張り自身の中で尼崎競艇場の電飾看板の写真を紹介させていただいたことで、心の中で競艇(ボートレース)のことを思いますので、電波ではないですが、そういう関連のもの(話題)をキャッチしやすくなるのだろうなあと思いました。
所謂一つのサザンクロスの輝き✨(≒シンクロニシティ)ではないかなと思いました。

それと少し近い感覚で、台風が接近し上陸したことで、アマガエルのことを思い出したのでした。
雨蛙といいますと、雨乞い蛙とも連想しますが、尼崎競艇場のキャラクターも(3匹の)アマガエルです。
尼崎の尼とアマに帰るというのを含んでのアマガエルだと思いますが、電飾看板を設置している期間中、台風が来ますと、アマガエルに呼び戻されるように看板の設置状況(金具やボルトの締まり方など)に異常がないかというのを調べに行ったのでした。
確かに強風で大変な力がかかりますので、少しでもゆるいところがあると屋上から飛んで行ってしまう、つまり落下してしまうのであります。幸いレース期間中に台風が来ることはなかったと思いますが、いくら下がプール(淡水)になっているとは言え、看板が落ちてしまったら大変な訳であります。ですから設置している間は、電飾の点灯状況も勿論ですが、ちゃんと看板として付いていてくれているという当たり前のことですが、そのあたり前の状態に常にあっていてくれていることをただただ祈るような気持ちでした。
その点は期間限定の仮設という要素の看板でしたので、その期間が終われば外すという作業が待っているのですが、看板が外されてしまえば、ホッと肩の荷が下りたのであります。
そういう意味で、大半が看板というのは常設ですので、看板を設置される業者さんは、当然風雨には飛ばされたり故障したりしないように設計し施行されているのですが、台風などが接近する度に本当に気の休まることがないのではないかなと思います。
そういった常設されることにより年数が経ることで生じる劣化などにも耐え得るちゃんとした看板を作ろうと思いますと、単純に製造コストと設置コストだけでは収まり切らないものが含まれて来て当然だと思います。
そうでないと看板業者さんはそれぞれの店などの目玉となる“看板”を創る訳ですから、看板に傷をつけないように設置してからもただただ当たり前にその看板があるように蔭では大変なご苦労をされている訳ですから、値段を叩かれますと会社としては中々やって行けないと思います。(聴いた話ですが、大きな規模の工事になればなるほど看板などはサービスの一部のような扱いだそうです。グロス(一式?)、ブッ込み価格というのでしょうか、まして普通は最後に付けるものなのでそれまでの予算の消化状況では削られやすいものと聞いた記憶が微かにあります。。。)

今日は台風の接近、上陸、通過に伴って、再び尼崎のアマガエルに呼ばれた気分になりましたが、
アマガエルも間違いなく天の使い、メッセンジャーだと思います。
本物のカエルはかなりグロテスクと言いましょうか、鳴き声はまだしも、触れるのには躊躇すると思いますが、アマガエルはやはりお天道さまに通じると思います。(常に)お天道さまにかえるようメッセージを発信して下さっているのが、“アマガエル”ではないかなと思いました。
つまり自身の良心に恥じない生き方、お天道さまに恥じない生き方を「ケロケロケロ(帰ろ帰ろ帰ろ)!」と常に原点復(回)帰するよう鳴いてくれているのではないかと、呼んでくれているのではないかと、そう思うのであります。
それが“アマガエル”、お天道さまのあまカエルだと思います。


合掌・礼拝 アマガエル


尼崎ではないですが、光明池の雨乞い蛙です。
2005-05-27-光明池の記念碑と光明池守護神社-1.JPG


『カエル鳴く ケロケロケロと 雨を呼ぶ 天(アメ)の御中(ミナカ)の 主(アルジ)となりて』

『慈雨なりし 天地万物 大調和 潤ひ満ちて アマガエルなり』

『よみがえり 起死回生の 一(ひと)鳴きに 天地開闢 ク(来)ルク(来)ル廻る』


感謝・感動・感激なり!
ありがとうございます。
 黒木 康之

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